「モーツァルトの最期」ピアノで有名な作曲家について知ろう モーツァルト編 その4

更新日:7月1日

皆さん、こんばんは。

ピアノ指導歴28年。

これまでに数百名の生徒に指導をしてまいりました、

兵庫県豊岡市の「ようこピアノ教室」向原葉子です♪

今回は、

「モーツァルトの最期」

ピアノで有名な作曲家について

知ろう 

モーツァルト編 その4

について、お伝えします。



いよいよ

モーツァルトの生涯年表も後半。

最後の3年間です。



32歳

「3大交響曲

(交響曲第39番~第41番)」を作曲



33歳

ベルリン旅行



34歳

1月

オペラ

「コジファン・トゥッテK.588」初演


2月

皇帝ヨーゼフ2世が逝去し、レオポルト2世即位。

フランクフルトで行われた

戴冠式に同行


同地で私費を投じて

コンサートを開催し、

ピアノ協奏曲26番ニ長調「戴冠式」

   ”   19番ヘ長調

「第二戴冠式」などを

演奏するも、観客は不入り。


・モーツァルトとオペラ


オペラは、管弦楽、独唱、重唱、合唱、演劇、

バレエ、舞台、装置、衣装・・・と、

まさに「総合芸術」です。



モーツァルトは、

大変オペラを重要視していました。



生涯、すべての時期において、

オペラを作っており(イタリア語で)、



30年間の演奏家活動中に、

30曲も作曲しています。



35歳

7月

第6子フランツ・クサーヴァ・モーツァルト

(モーツァルト2世)誕生


最後のピアノ協奏曲第27番

ロ長調 作曲(1月)



この曲を自ら演奏した、

3月4日のコンサートが、



演奏家としてのモーツァルトの

最後のステージとなります。



プラハで行われた、レオポルト2世の

ボへミア王戴冠式に同行し、

オペラ

「皇帝ティートの慈悲 K.621」初演


9月

シカネーダーの一座のために、

ジングシュピールドイツ語による

歌芝居や大衆演劇の形式。

今のミュージカルのようなもの

魔笛K.620」を作曲、初演



この頃から体調を崩し、

11月から悪化。


7月に匿名で依頼を受けていた、

レクイエムK.626」の作曲を終えることなく、


12月5日 午前1時ごろ、

35年の生涯を終えました



・モーツァルトの死因について


死因については、

毒殺説、謀殺説などが、

語られているものの、確証はなく、



あるモーツァルト研究家によると、

その症状からみて、



「リューマチ性炎症熱」だったのではないか・・・

と、推定されています。



当時、

いくら有名な音楽家だった・・・

といっても、

あくまで庶民扱いであったため、



最低料金の葬儀後、

郊外のセント・マルクス墓地(共同墓地)に

埋葬されたとされますが、



誰も同行しなかった為、

実際どこに埋葬されたのかは

不明です。



・当時の埋葬方法


当時は、王侯貴族でない限り、

個別の墓を持つことはなかったので、



一般庶民が、亡くなったときは、

共同墓地に、

他の遺体と一緒に埋葬されるのが、

一般的でした。



ですので、

このモーツァルトの葬られ方も、

お金がなかったから…というわけではなく、



当時としては、

ごくごく一般的な埋葬だった・・・

ということです。



現代の感覚からすると、

ちょっと驚いてしまいますが・・・



このショッキングな埋葬、

映画「アマデウス」では、



モーツァルトの遺体は、

粗末な麻袋に入れられて、



墓地に掘られた大きな穴に、

他の遺体とともに放り込まれるんですが、



何度見ても、

なんとも見えない気持ちになります。



この映画、3回観てます。

(*大学の授業でも観ました)



色々、脚色も多いようですが、

自身が演奏する楽曲の

作曲者について知る事は、

とても大切すし、



「その楽曲を深く理解し、

演奏するためにも

必要な事」です。



この記事を、

よくよく読んでいただく事もですが、



作曲家について

書かれた書物を読んだり



その作曲家を題材にして

制作された映画などを観る事も、

大変、勉強になります



当時の様子や、

モーツァルトがどんな生活を、

送っていたのか・・・

が分かりますし、



この映画は、

クラシックファンでなくても、

楽しめる、

とても興味深く面白い映画ですので、

是非是非!

ご覧になってみて下さい♪

アマゾンプライムや

dtvなどに入っている方でしたら、

昔の映画ですので、

無料で観られるかも・・と思います♪


・モーツァルトの作風について


モーツァルトは、古典派音楽の

代表であり、



ハイドン、ベートーヴェンと並んで、

ウィーン古典派三大巨匠のひとりです。



最初は父経由で、

ヨハン・シューベルトなどの、

当時のヨーロッパで流行した作曲家たちの様式を、



クラヴサン(仏)(チェンバロ(伊))

曲を中心に学びました。



その後、

ヨハン・クリスチャン・バッハ

(大バッハの末の息子)の影響を、

ピアノ、管弦楽曲の双方で受け、



後期に入ると、

ハイドン(親子ほど年が離れているが、

仲が良かった)と、

ヨハン・セバスティアン・バッハ(大バッハ)

の影響が強くなります。



モーツァルトの作品は、

そのほとんどが長調で、

装飾音の多い、

軽快で優美な曲が多いですが、



これは、

当時の音楽の流行を反映したもので、

ロココ様式、あるいは、

ギャラント様式と呼ばれます。



晩年に向かうにつれて、

長調の作品であっても、

深い悲しみを帯びた作品が増え

しばしば「天国的」と形容されます。



また、短調の作品は、

非常に少ないながら、

悲壮かつ哀愁あふれる曲調で、



交響曲第41番ト短調のように、

人気が高い作品が多いです。



モーツァルト編 その2

でもお伝えした、

私の大好きな「レクイエムK.626

も、短調ですし、



コンクールの課題にもよく上がる

ピアノソナタ第8番K.310イ短調

も名曲ですね♪

バレンボイムさんの演奏でどうぞ♪↓

あと、私の好きな

幻想曲二短調K.397



大好きなジャック・ニコルソンさんの映画

ファイブ・イージー・ピーセス(1970)」で、

使用されているのを聴いて、



とても気に入りまして、

楽譜購入して、

すぐ弾いてみた作品です。

こちらは、赤松林太郎先生の演奏でどうぞ♪↓


モーツァルトの時代には、

ポリフォニー音楽

複数の独立した声部からなる音楽

が流行遅れになり、



ホモフォニー音楽

主旋律と伴奏からなる音楽

が支配的になっていきました。



しかし、モーツァルトは、

バッハやヘンデルの作品を研究し、



交響曲第41番の終楽章のように、

ポリフォニーの対位法を活用する

手腕もありました。



・下書きをしない天才


モーツァルトが、非凡な記憶力を

持っていたのは、多くの記録からも

確かめられますが、



自筆譜の中には、

完成・未完成曲含めて、

草稿及び修正の跡が、多く発見されている・・・

というのが、事実だそうです。



人気の高い、

ピアノ協奏曲第23番においては、

数年前に書かれた草稿が

発見されています


・モーツァルトの遺したもの


モーツァルトの作品は、

全部で600曲以上あります。



その作品の多くは、

生計を立てるために、

注文を受けて書かれたもので、



実際、

数枚の手紙で証明されています。



モーツァルトの時代は、

作曲家がのちの時代のように、



自己表現の方法として音楽を

用い、聴衆にもそれが理解される

という状態には至っておらず、



モーツァルトも芸術家というより、

あくまで「音楽の職人」でした。



また、ピアノ協奏曲は、

彼のウィーンにおける全盛期に、



たびたび開催された「予約演奏会」

で、自らの弾き振りピアノを弾きながら、指揮もする

によって、披露されることが多く、



受注作曲の作品より、

創作時の自由度は大きかったと思われます。



モーツァルトの作品に長調の曲が多いのは、

それだけ当時は、その注文が多かった

(したがって人気があった)事の、

証でもあります。



以上、

「モーツァルトの最期」

ピアノで有名な作曲家について知ろう 

モーツァルト編 その4

について、お伝えしました。



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